言の綾

五感で書く情景描写

情景は、見えるものから書き始めるのが自然です。書き手が場面を頭の中で「見て」いるからです。ただ、視覚は情報量が多いぶん、読み手の印象に残りにくい感覚でもあります。残り4つの感覚が何を運ぶのかを知っておくと、同じ長さの描写でも密度が変わります。

描写は視覚に偏る

自分の原稿から情景を書いた段落をいくつか抜き出して、視覚以外の感覚がいくつ入っているか数えてみてください。書き手は場面を頭の中で「見て」いるので、視覚から書き始めるのは避けようがありません。数えて出てきた不足が、そのままこの記事で足せる余地です。

視覚情報は、読み手が自分の記憶から像を組み立て直す必要があります。ところが音やにおいは、読み手の記憶のほうから勝手に立ち上がってきます。「雨に濡れたアスファルトのにおい」と書けば、その人自身の記憶にあるにおいが再生される。書き手が像を渡すというより、読み手が自分の像を持ち出してくる——これが視覚以外の感覚が強い理由です。

とはいえ、5つ全部を毎回入れる必要はありません。むしろ全部入れると説明的になります。視覚で場面を立ち上げ、そこへ別の感覚を1点だけ挿す。これが基本の配分です。

5つの感覚が運ぶもの

視覚

位置と関係を速く伝える。ただし印象には残りにくい

before 彼は窓際に立って、外を見ていた。

彼は窓際に立っていた。ガラスに映る自分と、その向こうの街が重なっていた。

before 彼女は資料を読んでいた。

彼女は資料を読んでいた。蛍光灯の下で、紙の白がやけに眩しかった。

視覚は情報量が多いぶん、書いても印象が残りにくい感覚です。「見た」で終わらせず、見え方の条件(映る・霞む・逆光)を1つ足すと、同じ視覚でも密度が変わります。

聴覚

その場の広さと、静けさの質を決める

before 深夜の廊下は静かだった。

深夜の廊下は、自分の足音だけが返ってくるほど静かだった。

before 会場は賑やかだった。

隣の人の声が聞き取れないくらい、拍手が長く続いた。

静けさは、音を書くことでしか表せません。無音を書くのではなく、無音のときだけ聞こえるものを書く——時計、遠くの車、自分の呼吸。空間の広さも、反響の有無で伝わります。

嗅覚

記憶と時間を、説明せずに呼び出す

before 彼女は昔のことを思い出した。

雨に濡れたアスファルトのにおいがして、あの夏の帰り道を思い出した。

before 実家に帰ると、懐かしい気持ちになった。

玄関を開けると、線香のにおいがした。

嗅覚は記憶と直接つながる感覚で、回想へ入る前置きを丸ごと省略できます。「思い出した」と書かずに思い出させられる数少ない手です。ただし多用すると回想が増えて話が止まるので、使いどころを絞ります。

触覚

距離をゼロにする。体温・痛み・質感

before 彼女は彼の手を握った。

握った手が、思ったより冷えていた。

before 彼は緊張して身構えた。

背中に当たる壁が、シャツ越しに冷たかった。

触覚を感覚として書けるのは視点人物のぶんだけなので、読み手を人物の内側に入れます。感情を書かずに感情を伝えたい場面で効きます。恋愛・恐怖のどちらにも使えますが、書きすぎると生々しくなるため一点に絞ります。

味覚

使いどころが限られる。だから効く

before 彼は緊張していた。

口の中が、鉄の味がした。

before 彼女はひどく喉が渇いていた。

水を飲んでも、口の中の苦さは残ったままだった。

味覚は食事の場面以外ではほとんど出てきません。だからこそ、食事以外で出すと強く残ります。血の味・薬の味・涙の塩気——極限の場面に一度だけ置くのが向いています。日常の場面で使うと浮きます。

どこに挿すか

感覚を足す位置には、効きやすい場所があります。場面が切り替わった直後がその一つ。読み手がまだ新しい場所の像を持っていないので、音やにおいが入る余地があります。

もう一つは感情が動く直前です。感情そのものを書く代わりに、その瞬間に何が聞こえたか、手に何が触れていたかを置く。読み手はその感覚と感情を勝手に結び付けます。

一方で効果が薄いのが、会話の途中です。やりとりの速度が落ちるので、よほど意図がない限り視覚以外は挟まないほうが読みやすくなります。感情そのものを書かずに伝える型は、感情を直接書かない方法を参照してください。

やりすぎのサイン

五感は効くぶん、入れすぎると場面が止まります。次のどれかに当てはまったら減らす合図です。

  • 1つの段落に3つ以上の感覚が入っている
  • その感覚が、その後の展開に一度も関わらない
  • 読み返して、場面の空気ではなく「描写したこと」のほうが目に付く
行きすぎた例——5感を全部入れた

線香のにおいがした。畳はざらついていて、遠くで蝉が鳴いている。差し込む光が白い。口の中に、麦茶の苦みが残っていた。

1文ずつは悪くありませんが、並べると場面が進まず、感覚の一覧になります。読み手はどれを覚えておけばいいのか分かりません。ここから残すなら1つ、多くて2つです。

感覚は、後で使う予定のあるものを先に置くと生きてきます。序盤で書いた線香のにおいが終盤でもう一度出てくる、といった形です。使い捨ての感覚描写は、量を増やしても密度になりません。

五感で織ってみる

どの感覚を選ぶか迷ったときは、実際に並べてみるのが早いことがあります。技法を「五感描写」に指定すると、5案すべてがその技法で織られるので、同じ語が5通りの感覚で書かれた状態を一度に見比べられます。

技法を「五感描写」に固定して織る語を入れるだけ。技法はあらかじめ選ばれた状態で開きます。
五感で織る →

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