言の綾

感情を直接書かない方法

「悲しかった」「嬉しかった」と書いた瞬間、その一文は説明になります。書き手が感じてほしかった強さは、そのままでは伝わりません。では代わりに何を書くのか——小説や二次創作の地の文で使える、4つの型に整理しました。

なぜ「悲しかった」では弱いのか

感情語は結論です。結論を先に渡された読み手は、その場面を自分で体験する必要がなくなります。「悲しかった」と言われれば「そうか、悲しいのか」と受け取って、次の行へ進みます。

一方で、畳んだ手紙をもう一度開く手だけが書かれていれば、読み手はその意味を自分で埋めます。読み手が自分で埋めたものは、渡されたものより強く残ります。間接描写が効くのは、書き手が上手いからではなく、読み手に仕事を渡しているからです。

とはいえ、全部を間接描写にする必要はありません。急いで通過させたい場面まで凝ると、話の速度が落ちます。力を入れる場面を1つ決めて、そこだけ丁寧に置くのが現実的です。

4つの型

行動描写

感情を、動作の途中で見せる

before 彼女は悲しかった。

彼女は、畳んだ手紙をもう一度開いた。

before 彼は嬉しかった。

改札を出てから、彼はもう一度スマホを確認した。

「悲しい」と言い切ると、読み手はそこで納得して立ち止まります。動作だけを置くと、なぜその手が止まったのかを読み手が埋めにきます。細かく分けるほど時間が伸びるので、ここぞの場面ほど動作を刻みます。

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身体感覚

感情より先に、体が反応する

before 緊張していた。

膝の上で、指が勝手に動いていた。

before 彼女は怖かった。

肩の力が、抜けないままだった。

感情は、名前がつく前にまず体に出ます。名前をつけないぶん、読み手は自分の記憶で補います。喉・指先・呼吸・こめかみ——部位を1つに絞ると、輪郭がはっきりします。同じ部位を作品内で繰り返すと、その人の癖として読まれます。

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情景転写

人物の内側を、場の側に映す

before 気まずい沈黙が続いた。

換気扇の音が、やけに大きく聞こえていた。

before その日は幸せだった。

洗濯物が、風で少しだけ揺れていた。

視点人物の感情を、天気・光・音・季節に預けます。主観をぼかせるので、一人称の語りが重くなってきたときの逃がし方としても効きます。ただし多用すると誰の話か分からなくなります。

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沈黙・省略

書かないことで、大きさを示す

before 彼は何も言えないほどショックを受けた。

彼は、口を開いた。

before 彼女は返す言葉が見つからないほど傷ついた。

彼女は、湯呑みに手を伸ばした。

説明を省いた分だけ、読み手はそこに重さを見ます。省略は「書き足りない」と紙一重なので、前後の文で状況が十分に立っているときにだけ使います。

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どの型を選ぶか

迷ったときは、視点人物との距離で選ぶと決まりやすくなります。読み手を人物の内側に入れたいなら身体感覚、外から眺めさせたいなら情景転写。動きのある場面なら行動描写、余韻を残して切りたいなら省略です。

同じ型を続けると単調になります。1つの場面で2つ以上重ねるより、場面ごとに違う型を割り当てるほうが、全体の起伏が出ます。

人物が決まっている場合は、その人がやりそうな動作を起点に型を選ぶという決め方もあります。手が出る人なら行動描写、黙る人なら省略。型に人物を合わせるよりも、人物から型が決まる形にすると、同じ型が続いてもその人らしさとして読まれます。

感情語を使ってよい場面

間接描写は読み手に仕事を渡す書き方なので、渡された側にも体力が要ります。毎回それをやられると、読み進める速度が落ちます。次のような場面では、感情語で言い切ったほうが通ります。

  • 山場へ向かう途中——立ち止まらせたくない場面は、説明で通過させる
  • 脇役の感情——主要人物でない人に何行も使うと、焦点がぼやける
  • すでに間接描写を置いた直後——同じ感情を二度書くと、一度目が薄まる

配分の目安を1つ挙げるなら、場面ごとに「ここは丁寧に置く」と決めた1点だけを間接描写にすることです。決めていないと、全部に少しずつ手が入って、どこも際立たなくなります。

やりすぎのサイン

間接描写は、効きすぎると読みにくさに変わります。次のどれかに当てはまったら、素直に感情語を置いたほうが速いことが多いです。

  • 3文続けて誰の感情なのか分からない
  • 比喩の像が場面の設定と噛み合っていない(現代劇に急に神話が出てくる等)
  • 読み返して、自分でも何を書いたのか思い出せない
行きすぎた例——4つの型を1つの場面に全部入れた

畳んだ手紙をもう一度開いた。指先が冷えていた。換気扇の音が、やけに大きい。彼女は、口を開いた。

どれも単体では効く型ですが、4つ重ねると感情の名前が一度も出てこないまま、動作だけが並びます。読み手は「悲しいのか、怒っているのか」を決められません。1つの場面で使うのは1つ、が目安です。

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