言の綾

一人称と三人称の選び方

視点は文体の好みではなく、「誰の内側まで入れるか」という読み手との約束です。約束が途中で変わると、読み手は誰の話だったのか見失います。同じ場面(返事を待っている)を4つの視点で書き分けて、境界がどこにあるかを見ていきます。

視点は制約であって、制限ではない

視点を決めるというのは、何を書かないかを決めることです。一人称なら、視点人物が知らないことは一行も書けません。窮屈に思えますが、この制約こそが力を発揮します。読み手は視点人物と同じ情報しか持てないので、勘違いも不安も、そのまま自分のものとして体験します。

一方、なんでも書ける視点は読み手を場面の外へ置きます。「全部わかる」は「どこにも入れない」とほとんど同じです。だから視点の選択は、書きやすさではなく、読み手をどこに立たせたいかで決めます。

同じ場面を4つの視点で

各視点に「返事を待っている」と「階段で人の気配に気づく」の2場面を並べてあります。同じ視点でも場面が変われば文は変わりますが、書ける範囲の境界だけは動きません。2場面を並べているのは、その境界を見てもらうためです。

一人称

「私」の内側だけ。外から自分は見えない

向いているもの——感情の濃さで読ませるもの。二次創作の心情もの

既読はついている。もう一度画面を消して、意味もなくまたつけた。

階段の先に、誰かがいる。足音を立てないように、私は一段下がった。

視点人物が知らないことは一行も書けません。これが制約であり、同時に武器でもあります。読み手は同じ情報しか持てないので、勘違いも不安もそのまま共有されます。注意は自分の顔・表情を描写してしまうこと——鏡や水面のような仕掛けがない限り、書けないはずのものです。

三人称一元

特定の一人の肩越し。内側は一人分だけ

向いているもの——汎用性が高い。群像でない物語の多く

既読はついていた。彼女は画面を消して、また明るくした。

階段の先に人影があった。彼女は足音を殺して、一段下がった。

一人称とほぼ同じ制約を持ちながら、視点人物の外見や仕草を書けるのが違いです。迷ったらこれを選ぶのが無難です。場面の途中で別人の内面に入らないこと。入った瞬間に視点がぶれ、読み手は誰の話だったのか見失います。

三人称多元

場面ごとに、入る人物を切り替える

向いているもの——すれ違い・群像劇。相手側の事情を見せたいとき

既読はついていた。彼女は画面を消した。——同じころ、彼は下書きを三度消していた。

彼女は一段下がった。——踊り場の男は、そこに誰かがいることにまだ気づいていない。

切り替えは場面の区切りでだけ行います。章・節・空行のような目に見える切れ目を置き、切り替えた直後に誰の視点かを名前で示す。段落の中で入れ替わると、多元ではなく単なるぶれになります。入る人物が増えるほど、読み手は「今が誰の場面か」を覚えていられなくなります。

神視点

誰の内側にも入れる。語り手が物語の外にいる

向いているもの——寓話・年代記・書き出しの俯瞰

既読はついていた。二人とも、相手が先に折れるのを待っていた。

階段の上と下で、二人は互いの気配だけを頼りに息を殺していた。

全部書けるぶん、読み手が誰に感情移入すればいいのか分からなくなります。現代の小説で全編これを採るのは難易度が高く、冒頭や幕間で俯瞰を見せる用途に限るのが現実的です。三人称一元のつもりで神視点になっている、というのが起こしやすい事故です。

ぶれるのは、便利さに負けたとき

視点のぶれは、書き手が下手だから起きるのではありません。そこで相手の気持ちを書いたほうが早いから起きます。三人称一元で書いていて、相手の内心を一行だけ入れてしまう。書いている側には自然でも、読み手には語り手が急に別人になったように読めます。

見つけ方があります。地の文から「〜と思った」「〜だった」の主語を全部拾って、誰のものかを数える。1つの場面に2人以上いたら、そこがぶれです。書いている最中は気づけないので、読み返すときの機械的な手順として持っておくと確実です。

直し方は2つあります。その一行を削るか、外から見た形に変えるか。「彼は苛立っていた」を「彼の返事が、いつもより一拍遅れた」にすれば、視点人物に観察できる事実になります。感情を外から書く型は感情を直接書かない方法で4つ挙げています。

二次創作で視点を選ぶとき

二次創作では、誰の視点に入るかがそのまま解釈の表明になります。同じ場面でも、Aの内側から書けばAの物語、Bの内側から書けばBの物語です。原作で描かれていない側に入るほど、書き手が埋める量が増えます。

迷ったときは、原作で内面が描かれている人物に入るのが安全です。材料が多いぶん、崩れにくくなります。原作から材料を拾う手がかりは二次創作の心情描写にまとめてあります。

内面に寄せて織る

視点を決めても、その人物の内側をどう書くかで手が止まることがあります。描くものを「心理・内面」に指定すると、外から見た形ではなく内側に踏み込んだ言い換えだけが返ってくるので、踏み込みの深さを比べる材料になります。

描くものを「心理・内面」に固定して織る書きたい語を入れれば、内面に踏み込んだ5案が返ってきます。
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